東京地方裁判所 昭和39年(ワ)743号 判決 1969年6月30日
原告 ブラック・コンストラクション・コーポレイション
右代表者副社長 デイ・エス・レノックス
右訴訟代理人弁護士 安達徹
右同 根本博美
右同 抜山勇
右根本博美訴訟復代理人弁護士 由本泰正
右同 矢野保郎
右同 川上弘
被告 三井倉庫株式会社
右代表者代表取締役 武田正泰
右訴訟代理人弁護士 伊藤すみ子
主文
1 被告は原告に対し金三九七万三、八一四円四〇銭およびこれに対する昭和三七年四月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その一は原告の負担とする。
4 本判決は原告において金一〇〇万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、原告訴訟代理人らは、「被告は、原告に対し金五九六万七二一円およびこれに対する昭和三七年四月一〇日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め(た。)
≪以下事実省略≫
理由
一、請求の原因のうち、左の事実は当事者間に争いがない。
(一) 原告は、昭和三六年一二月頃パシフィックとの間に自己所有の本件トラクターをグアム港から横浜港を経由し、同港での船舶積替を経てホノルル港まで海上運送させる契約をした。そこで、パシフィックは、本船を使用して本件トラクターを海上運送し、同月一七日本船が横浜港に入港した。
(二) その頃、パシフィックは、横浜港における本船の積荷積替の荷役作業を船内荷役業者である被告に請負わせた。同月一八日午後六時頃、沢崎紳吉外一四名の作業員が右荷役作業を開始し、その作業中同日午後一一時三〇分頃沢崎らが本船のデック・ブームを使用して本件トラクターを本船の第三番船艙から本船左舷側に横付けられたポンツーン上に積下し、次いでこれをポンツーン上の適当な場所に移動させるために、本船のウインチに連結したワイヤーをポンツーンの甲板上にあるスナッチ・ブロックに通し、更にこれを本件トラクターの後部連結管に縛付けた後、ウインチでワイヤーを巻き込む方法によって後進方向へ本件トラクターを牽引したところ、突然そのエンジンが始動して自走し、本件トラクターは、ポンツーンの舷側を超えて海中に墜落した。沢崎らは、本件トラクターのギアをニユートラルにしないままの状態でこれを牽引したものである。
(三) その後、本件トラクターは海中より引き上げられ、同月二九日汽船ニューヨーク号に積載され翌年一月七日ホノルル港まで海上運送された。
二、原告は、沢崎外一四名の作業員が被告会社の雇傭する従業員であると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
次に原告は、右沢崎らは本件荷役作業を被告から下請した笹田組の従業員であると主張するところ、右事実は当事者間に争いがない。
三、そこで、本件トラクターの墜落事故につき沢崎らに過失が有ったかどうか検討する。
如上の当事者間に争いない事実に≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。
(一) 本件トラクターは、米国キャタビラー社製の一一トンの自重を有する大型四輪ディーゼルトラクター中古品であって、グアム港における船積の際に、その燃料タンクに燃料を保存し、かつトランスミッション・ギアをリバースに入れた状態で裸荷のまま、本船第三番船艙のエンジンルームに接近した奥に船積され、昭和三六年一二月一七日横浜港まで海上運送されて来た。
(二) 被告から本件荷役作業を下請した笹田組は、班長森清次郎の下に従業員を三つのグループ(一グループは約一五名の従業員で構成)に分け、各グループに一名の組長を置きそれぞれに本件荷役作業を分担し、被告会社から派遣された本船監督者(フォアマン)である深田正司の指揮監督のもとで翌一八日午後六時頃から本件荷役作業に着手した。
沢崎紳吉を組長とするグループは、班長森の指示で本船第三番船艙内の積荷の積替作業を担当することになったが、その際沢崎は班長、フォアマンならびに本船の船長らのいずれの者からも本件トラクターの取扱に関する注意事項を特に指示もしくは命令されてはいなかった。
(三) 沢崎らは、分担した作業を順次完了し、そして本件トラクターの積替え作業にかかった。そこでまず沢崎は本船第三番船艙内に入り本件トラクターを検分したが、これを見るのは初めての経験で、当時日本にはこの種大型のディーゼルトラクターはあまり存在せず、実際に取り扱ったことも未だ一度もなかったし、沢崎としてはその頃普通自動車一種の免許を取得していたものの、本件トラクターがディーゼルエンジン機関であることによる特殊な機械構造、操縦方法の知識を全く有していなかった。しかしながら、本件トラクターを船艙内において本船のウインチを用いて牽引したが、その車輪が回転しなかったので、トランスミッション・ギアがニュートラルの位置に入っていないことは理解しえたので、ギア・セレクトレバーを操作しギアをニュートラルの位置に切換えようと試みこれを手で動かしてみたがレバーが撓うのみで何ら作動せずニュートラルに切換えることができず、更にまたクラッチペタルを足で踏んだけれどほとんど踏込みがきかず、結局クラッチを切離すこともできなかった(本件トラクターのクラッチは、空気式クラッチであり、クラッチにエアブスターが装置されているため、機関が活動しているかもしくはエア・タンク内に圧縮空気が十分でなければ、有効に作動しないのであるが、長期間の海上運送の結果、クラッチの作動を補助するに足る空気圧が低下していたので、空気圧の助けなしに人間の力のみではクラッチを操作することが極めて困難だったこと、ギア・セレクトレバーをニュートラルに入れるためにはクラッチを切るのが必至であるが、グアム島から冬期の日本に海上運送されて来た本件トラクターはトランスミッション内のオイルの粘度が高くなりギア・セレクトレバーを人力で作動するのが困難になったことがギア・セレクトレバーおよびクラッチが有効に作動しなかった原因であった。)。しかして、沢崎は、これらの事実と本件トラクターが中古車であったことおよびその主ブレーキ・パイプが尺程の長さに亘って切断されていたこと等から全く独自の判断で、すなわち、フォアマン、班長ないしは本船の船長等に問い糺すことなく本件トラクターが故障車であると速断し、これを全く一般の貨物と同等に取扱う方針を決めてこの積替作業を遂行することにした。そこで、同日午後一一時三〇分頃沢崎らは、本船のデッキ・ブームを使って本件トラクターを第三番船艙からポンツーン上に積下し、次いで後続作業の都合上これをポンツーンの適切なる積付場所に移動するため、沢崎が本件トラクターの操縦席に座り左手でハンドルを握り右手で本船のウインチ番にシグナルを送りつつ前判示の方法で徐々に本件トラクターを後進方向に牽引したところ、当初トラクターはスリップしながら引きづられて移動したが約一米程進行した時に突然そのエンジンが始動し、自走しはじめたので沢崎は危険を感じ突嗟に操縦席から飛び下り難を免れたものの、本件トラクターはそのままポンツーンの舷側を超えて海中に没した。
(四) 沢崎らの牽引行為によってエンジンが始動した諸原因は次のとおりであった。
(1)、本件トラクターのミッション・ギアがリバースの位置に入っていたことと牽引の方向(すなわち後進方向)とが一致していたため、車輛の回転、つまりクランク軸の回転が最も適切にクラッチと結合しエンジンに連結する駆動軸を同時に回転せしめこの適度の回転運動がエンジンに導びかれエンジンが活動した。
(2)、本件トラクターの燃料が十分にあったこと、また、本件トラクターが本船のエンジンルームに接近して船積されていたので、ディーゼルエンジン自体および燃料が相当に溢められていたこと、しかして、これらの温度と大気温度がエンジン始動可能な適温の状態にあった。
(3)、エンジンの活動によりインジェクション・ポンプが作動し十分なる噴射燃料がエンジン本体に供給された。
(4)、ディーゼルエンジンは、圧縮点火機関であるから、これはシリンダ内の吸入空気を急激に高圧縮して得られる発生熱によって噴射燃料に点火されて活動するところ、減圧レバーがランの位置にあったためエンジンのシリンダ内で吸入空気の高圧縮が行われこれによる発生熱が噴射燃料に点火した。
以上の諸条件が沢崎らの牽引の際にたまたま一致したために本件トラクターのエンジンが始動したのであった。
以上の事実が認定でき(る。)≪証拠判断省略≫
以下において如上の認定事実を基に沢崎らの過失の有無を考える。
沢崎を組長とするグループがポンツーン上において本件トラクターを牽引した際沢崎は本件トラクターのギア・セレクトレバースおよびクラッチペタルを有効に作動できず、ギアがニュートラルの位置になく前進もしくは後進の位置に入っていることを十分に認識していた。しかし、本件トラクターがディーゼルエンジン機関であることによる特有の機関構造、操縦方法に関する知識は皆無であった。しかして、ギア・セレクトレバースおよびクラッチの作動困難等の事情から、独自の判断で本件トラクターを故障車であると考えてこれを牽引したのである。
確かに≪証拠省略≫によると、本件事故発生の昭和三六年当時、我が国においては本件トラクターに類似する大型四輪ディーゼルトラクターの機械構造、操縦方法およびエンジン始動の行程等を理解していた者がほとんどなく、むしろ知らないのが一般であったこと、および当時における普通自動車一種の免許を有するにすぎない者および船内荷役業に従事する者にあってもその事情は変らなかったことが認められる(≪証拠判断省略≫)。そうすると、沢崎が本件トラクターを故障車と誤認したことには、当時の事情からしてあながち無理からぬところもあるといえる。しかしながら、そうはいうものの普通自動車一種の免許を有する沢崎としては、少くともギアがニュートラルの位置にないことを認識していた以上はクランク軸の回転によりその運動が駆動軸を通りエンジンに伝達されるという自動車の基本的な構造を理解しえたはずであり、従ってギアをニュートラルの位置に切換えぬ状態で牽引した場合にそれがエンジン始動の原因となるであろうことを予見することが十分可能であったといわねばならない。ギアがニュートラルの位置になく、従ってそれが前進もしくは後進の位置に入っていることを認識し、かつかかる理解および状態のもとで、ディーゼル機関の始動原理ならびに機関構造をほとんど理解していない者がフォアマン・班長もしくは本船の船長らと連絡・相談しそしてこれらの者の知識経験ならびに指示・命令をうることなく、更にはより慎重なる調査検討もつくさず、全く独自の判断で故障車と速断し外力を使って牽引するということは、要するに何が結果的に惹起されるか見当もつかぬ物体をやみくもにいじりまわすというに等しく非常に危険なことといってもさしつかえないと考える。従って、沢崎らは、事前にフォアマン等と連絡しこれらの者の指示による作業方法を選定するとか、本件トラクターに対する慎重なる調査・検討のうえ牽引しても決して自走することのないような措置を本件トラクターに加えるかもしくは、牽引以外のより適切なる作業方法を採用する等の注意義務があったと解すべきである。しかるに沢崎らは本件トラクターを牽引したならばエンジンが始動し自走するかも知れないことを予見可能であったにもかかわらず、右の注意義務を何らつくすことなく故障車であると誤認し前判示のような方法を用いて牽引したのであるから、本件トラクターのエンジンを始動せしめてこれを海中に墜落させたことにつき沢崎らには過失があったといわなければならない。
四、次に原告は、笹田組は専ら被告の下請として横浜港における船内荷役に従事するものであるから実質的には被告の企業組織の一部に他ならない、従って、被告は右沢崎らの過失につき使用者としての責任を免れない、と主張するので判断する。
≪証拠省略≫によると、笹田組はもと被告会社の港湾労務部としてその企業の一部を構成していたものであるが、右労務部がそのまま独立し被告の子会社として笹田組となり、爾来被告会社の横浜港における船内荷役作業のみを請負う被告の専属の下請会社で、その請負う作業一般について被告会社の監督を受けていることが認定でき、右認定に反する証拠はない。そして、前判示とおり、本件荷役作業の際にも、被告会社は、フォアマンである深田正司を現場に派遣しその具体的な指揮監督に当っていたのであるから、右認定事実と併せ考えるならば、被告会社の指揮監督が本件荷役作業を担当した沢崎らに及び少くとも本件荷役作業に関する限りでは笹田組は被告会社の意思支配を通じてこれと一体としての関係にあったと解するのが相当である。従って、被告は沢崎らの過失行為について民法七一五条の使用者としての責任を免れない。
そうだとすると、被告は原告に対し、本件事故により原告が蒙った損害を賠償する義務がある。
五、そこで、本件事故によって原告の蒙った損害ならびに被告が賠償すべき損害の範囲を検討する。
(一) 本件トラクターは前判示のとおり海中に墜落したのであるから、各部に塩水が浸透し錆等のためそのままの状態で使用することが不可能であったろうことは十分に推認できる。そして≪証拠省略≫を総合すると、原告はテー・エッチ・デイヴィス・アント・カンパニー・リミテッドに本件トラクターの分解修理を依頼し、昭和三七年四月九日その修理代として米貨一万六、五五七ドル五六セントを右訴外会社に支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
従って、原告は本件事故により右米貨を日本円に換算した金五九六万七二一円六〇銭の損害を蒙ったことが明白である。
(二) ところで、前判示の事実から次のことが明らかである。すなわち、沢崎をして本件トラクターを故障車と誤信せしめたその一因には、ギア・セレクトレバーおよびアクセルペタルの作動の困難性があった。しかも、これらの装置が仮に有効に働いたならば、沢崎がその作動を試みている以上おそらく本件事故を回避できたであろうことが窺知しうる。この作動困難性は、すなわち長期の海上運送による作動補助機関であるエアブスター内の空気圧の低下ならびに油の粘度が高くなった結果である。しかるに沢崎はディーゼルエンジン機関に対する不知からこれに思い当ることかなわず、そしてこれは当時の我が国の事情からしてやむを得ないことであった。
また、≪証拠省略≫によると次の事実が認められる。
荷役業者が通常取扱ったことのない貨物もしくは、取扱上特に注意しなければならない性能ないしは構造を有する貨物にあっては、荷送人においてあらかじめ取扱上の注意事項を船荷証券上に記入するとか本船の船長等に伝え、船内荷役業者に警告し、あるいは貨物自体にそれを表示して船内荷役業者の注意をうながし、しからざれば荷役業者がその貨物を普通一般の貨物と同等に取扱っても決して破損等の事故が生じないよう万全の措置を講じて船積港で船積するのが通常の事態であり、かつ荷役業者もかく期待し、そして荷送人を信頼して荷役作業に従事していること、しかるに本件トラクターに関しては荷送人から何らの注意も伝達されていなかったこと、船内荷役業者はその請負った荷役作業を後続の荷役作業の延滞と遅滞による損害を避けるために可能なる短時間内に迅速かつ適確に、しかも与えられた一定の道具を用いて処理しなければならないという業務実態下にあること、および沢崎らが本件作業の際に与えられた設備・道具および本件トラクターの取扱上の注意事項が沢崎らに伝えられていなかったという事情のもとにおいては、沢崎らのとった本件トラクターの移動方法は一般に荷役業者として十分予想されるありうべき方法で、決して常態を逸脱しておらず、更には、牽引以外の他の方法、例えば、本件トラクターを移動させることなくポンツーン自体を移動して後続作業を可能にするとか、他より揚貨機を借用してこれで持ち上げる方法で移動させるとか、あるいは、本船のデリック・ブームを利用すること(本船の舷側に一〇尺の高さの積荷があったため、これの利用ができなかった)が、時間的にも経済的にも困難な状況にあったこと。
このような事実にかんがみると沢崎らがとった牽引による方法も直截にかつ全面的に非難することができない。
ところで、沢崎らが本件トラクターを牽引したことによってそのエンジンが始動した諸原因は先に認定した。しかし、最も重要視しなければならないことは、本件トラクターのギア・セレクトレバーおよびクラッチペダルが有効に作動しなかったことである。沢崎はこの作動を試みており、そしてもしこれが有効に作動し、例えばギアをニュートラルの位置に切り換ええたならば、あるいは本件事故は決して発生しなかったであろうと考えうるからである。他方、前判示のとおり本件トラクターのギアはリバースの位置に入ったままで運送されて来たのであるが、≪証拠省略≫によると、本件トラクターを運送する場合、暴走等を防ぐために、そのギアをリバースの位置へ装置しておくことが通常採る方法であることが認められるから、原告が本件トラクターを船積するに際し同様の措置を講じたことは当然なことといえる。しかしながら、≪証拠省略≫によると、長期の海上運送によって前判示のような理由でクラッチの作動困難を惹起し、不慣な者がこの事実からしてクラッチもしくはトランスミッションが故障しているものと誤認することが十分あり得ることが認定できるし、しかし、我が国において当時本件トラクターの如き大型のディーゼルエンジン機関に特有なエア・ブスターの装置されたクラッチおよびトランスミッション構造を知っている者がほとんどなく、船内荷役業者にあってもその事情が異ならなかったのである。そうだとすれば、荷送人たる原告としては、本件トラクターのギアをリバースの位置に入れて船積した際にその取扱方法の注意事項(例えば、ギアがリバースの位置にあるとか、ギア・セレクトレバーおよびクラッチを操作する場合に非常に大きな力を要するとか、もしくは本件トラクターの特有なクラッチの構造等)を船内荷役に従事する者にあらかじめ伝達するような適切な方途を講じ、あるいは通常予想される荷役作業方法の範囲内では決してエンジンが始動しないような措置(例えば、燃料を完全に抜き取っておく――≪証拠省略≫によると当時車輛を海上運送する場合、火災予防の趣旨から燃料を抜き取ることが運送人のなすべき義務に属し、従って船内荷役業者も当然かく荷送人側で義務をつくしているものと信じ荷役作業に従事していたことが認定でき(る。)≪証拠判断省略≫右認定の事実にかんがみるとき、燃料抜取りの義務は直接には船内における火災予防を目的とするものであって、必ずしも本件のような暴走防止を目的としたものではないけれども、それは間接的には暴走防止に寄与するし、かつ本件に関する限りでは、仮に燃料が完全に抜き取られていたならば決して本件事故が発生しなかったと考えられるから、本件における原告の事故発生を防止するために講ずべき一方法といえる――、減縮レバーをランの位置に固定しておく等)をなしておくべき信義則上の注意義務があったといわなければならない。
しかるに原告はこれらの措置にでず不注意にも漫然と本件トラクターをそのギアをリバースの位置に入れたまま船積したものであって、本件事故は、沢崎らの過失に加えて、原告の右不注意が重さなって発生したものというのが相当である。
よって、原告の右のような不注意を斟酌すると、本件事故によって発生した前記損害中被告の賠償すべき損害の範囲はその三分の二と解するのが公平妥当というべきである。従って、被告は、原告に対し金三九七万三、八一四円四〇銭を賠償すべき義務がある。
六、次に被告の抗弁を判断する。
(一) 原告と訴外パシフィックとの間に締結された本件トラクターの海上運送契約が一九三六年米国海上物品運送法を準拠法とするものであることは当事者間に争いがない。
(二) しかして、被告は、要するに同法上海上運送人の不法行為責任は否定されており、従って海上運送人の履行補助者にすぎない被告も不法行為上の責任は負わないと主張するのである。
しかしながら、本訴における請求は不法行為に基づく損害賠償請求であるところ、法令第一一条によるとその成立および効力はその原因たる事実の発生したる地、すなわち我が国の法律に依ると規定されているのであるから、本訴の不法行為の成否は一切我が国の法に従って決する以外になく、米国法において本件同様の事例に対し不法行為の成立を否定しているか否かは当裁判所の斟酌すべきところではない。
(三) ところで、我が国にあっては、海上運送人が故意もしくは過失により運送物品を滅失・損傷させた場合、原則として競合的に不法行為責任と債務不履行責任を負うといえるが、国際海上物品運送法ならびに商法における海上運送人の責任に関する特則の趣旨からして、海上運送人が運送物品の取扱上通常予想される事態で契約本来の目的範囲を著しく超過する方法でなしにその物品を滅失・損傷せしめた場合に限って、海上運送人は債務不履行責任のみ負い、不法行為責任は負わないと解すべきである。しかしながら、このように一定の場合海上運送人の不法行為責任が否定されるのは、海上物品運送契約が存在することを前提とし、これを媒介とする前記特則の合理的な解釈の結果であって、それは海上運送人に与えられる運送契約上の一つの免責的な利益といえる。従って、契約外の第三者が当然にかかる利益を固有し、もしくは援用しうると解することはできない。
ところで、被告は海上運送人たるパシフィックの履行補助者ではあるが、これは原告とパシフィック間の本件運送契約とは独立した別個の、パシフィックとの間で締結した本件荷役契約に基づく義務を被告が履行したというにすぎないのであって、いずれにしろ被告が本件運送契約外の第三者であることには変りないのである。従って、被告は、パシフィックの履行補助者であるとの一事をもってして、原告からの不法行為を理由とする損害賠償請求に対し、仮にパシフィックが原告から同様の請求を訴求された場合に抗弁しうる前記利益を自己のために援用し、あるいは自己に固有の免責的事由として主張し原告の右請求を排斥することはできないといわなければならない。
以上の理由により被告の抗弁は採用しない。
七、そうだとすると、被告は原告に対し金三九七万三、八一四円四〇銭とこれに対する昭和三七年四月一〇日(前判示の原告が修理代金を支払った日の翌日である)から完済までの民法所定の利率による年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田辰雄 裁判官 大沢巌 裁判官黒田節哉は退官のため署名捺印ができない。裁判長裁判官 岡田辰雄)